本記事では,位相空間論が初めての人でもとっつきやすい,入門的書籍である志賀浩二「位相への30講」をレビューします。
まず結論から
本書は,初めて位相空間論を学ぼうとする人の,とっかかりの一冊としてオススメです。ただし,数学科の人は,この本のみでは必ずしも十分とは言えないので,より本格的な内田伏一「集合と位相」や松坂和夫「集合・位相入門」の橋渡しとして活用するのが良いでしょう。ただし,定義や証明が「お気持ち」先行であいまいなところがあるため,厳密な議論しか受け付けない人にとっては逆に読みにくいかもしれません。イメージはしやすい構成になっています。
非数学科の人は,この本にある内容が理解できれば十分だと思います。さらに発展的な内容が必要であれば,そのときに勉強すればよいです。
入門的書籍ではありますが,本書を読みこなすには,前提知識としてイプシロンデルタ論法による極限の議論や,可算集合・非可算集合の話を知っておいた方が良いです。特に,可算集合・非可算集合の話は,知っている前提で進みます。この用語が分からないまま読み進めても,「お気持ち」は理解したと錯覚できますが,本当に位相空間論が分かっているとは言えません。可算集合・非可算集合については,本サイトの以下の記事で補えば良いです。
志賀浩二「位相への30講」の基本情報
基本情報を載せましょう。
本書は,1988年からある書籍で,昔から人気な書籍です。そのロングセラーゆえ,2024年に数式が読みやすいよう,版面がリニュアルされました。なお,内容は変わっていないので,旧版を持っているのであれば買い直す必要は全くありません。
数学30講シリーズは,他にもいろいろな本があります。
数学30講シリーズは,ぴったり30講の構成からなっているのが特徴です。30講にするために,いろいろ削ったり,1つの講にまとめたり,逆に2つの講に分けたりしているのかなという苦労は計り知れませんけれども,本書の目次を見てみましょう。
多くの位相空間論の専門書では,まず簡単にユークリッド空間 \R^n や距離空間における開集合・閉集合の話をします。その後,すぐ位相空間の定義をしてから,連続性やコンパクト性,連結性などの定義を初めてして,ユークリッド空間や距離空間の具体例を混ぜながら紹介します。一方で,本書はまずユークリッド空間 \R^n 上で連続性やコンパクト性,連結性の話を詳しくして,次に距離空間上で連続性やコンパクト性,連結性の話を詳しくして,それからやっと位相空間の定義をしてという構成になっています。抽象的な議論をできるだけ先延ばしにすることで,挫折しにくくなっています。一方で,位相空間自体の定義が遅くなってしまうというデメリットもあります。
また,内田伏一「集合と位相」や松坂和夫「集合・位相入門」のような本格的な「集合と位相」の本と違って,最初の集合論の内容(可算集合・非可算集合・選択公理・整列集合など)はありません。これは,同じ「数学30講シリーズ」で志賀浩二「集合への30講」があるので,それを参照せよという形になっています。
ただし,志賀浩二「集合への30講」を持っていなくても,本書が読めないことはないです。必要に応じて本サイトで補ってください(→集合と位相 | 数学の景色)。
志賀浩二「位相への30講」の書評・レビュー
良いところと良くないところを述べましょう。
良いところ
- 初心者にもとっつきやすく,位相空間の具体的なイメージがつきやすいよう,ユークリッド空間→距離空間→位相空間へと丁寧に進めている。初学者のとっかかりの一冊としてオススメ
- 「お気持ち」部分が多く述べられており,行間も少なく読みやすい
- コンパクト性・連結性・分離公理・距離化可能性など,位相空間の重要な概念に触れている
- 各講の最後にQ&Aのコーナーがあり,身近な疑問を解決してくれるのが面白い
- ロングセラーのため信頼できるし,新装版のため印刷が読みにくいこともない
- 30講にまとまっているので,1日1講など,ペースを決めて読みやすい
初学者向けの「読み物」という側面があるものの,重要な概念も多く紹介しているところに好感が持てます。ただし,積位相や商位相,ネット(有向点族)の話などはありません。また,開基の話もかなり薄いです。
良くないところ
- 数学科の専門書としては不十分(非数学科の人には十分だと思う)
- 「お気持ち」先行のため,あいまいに書かれているところがある。誤魔化しがある。証明が必ずしも書かれていない
- 位相空間の定義までが長い。位相空間の定義は第24講まで出てこない
- 集合論の内容(可算集合・非可算集合・選択公理・整列集合など)はない
- 位相空間の具体例が多いわけではない
数学科の専門書としては不十分です。優秀な高校生や,抽象的な議論に慣れていない数学科生のとっかかりの一冊としては良いですが,これで位相空間論の基礎や,抽象数学の礎を築いたことにはなりません。数学科の人は内田伏一「集合と位相」や松坂和夫「集合・位相入門」が本格的な数学書としてオススメです。
位相空間の定義までが長い理由は,目次の直後で述べた通りです。
また,位相空間の具体例が多いわけではありません。あくまでユークリッド空間や,その一般化としての距離空間から出発することでイメージしやすくなっているというだけで,それ以外の位相空間の例は全然述べられていません。
こんな人におすすめ
- 優秀な数学科志望の高校生
- 非数学科の人で,位相空間論を学びたいと思った人
- 数学科生で,一度専門的な書籍に挫折した人
とっかかりの一冊としては本当にオススメです。図も豊富で学習しやすいです。前提知識は本サイトで補ってもよいです。
まとめ
志賀浩二「位相への30講」は,抽象的な位相空間へのとっかかりの一冊としては十分な書籍です。数学科の学生にとっては,決して十分な内容とは言えませんが,「お気持ち」部分を大事にしており,挫折しにくい構成になっています。
位相空間の定義自体は後半しか出てこないので,手っ取り早く定義だけ知りたい人はうずうずしてしまうかもしれませんが,挫折しないよう,下準備を十分にする構成になっています。
数学科の学生は,より本格的な内田伏一「集合と位相」や松坂和夫「集合・位相入門」の橋渡しとして活用するのが良いでしょう。非数学科の人は,本書を読むだけでも位相空間が十分理解できたといえるでしょう。
入門書として万人に是非オススメしたい一冊です。