ケーリーハミルトンの定理とは,正方行列 A の固有多項式 p_A(\lambda) に対し, p_A(A)=O_n となる定理です。
A が零行列になるような最小多項式 f(\lambda) は p(\lambda) を割り切ることが知られています(今回はこれについて紹介しません。これについては行列の固有多項式・最小多項式の定義・求め方・性質を参照してください)。今回は,最小多項式の基にもなっているケーリーハミルトンの定理について紹介します。
ケーリーハミルトンの定理
ケーリーハミルトンの定理 (Cayley-Hamilton theorem)
A を n 次正方行列とし, p_A (\lambda)=\det (\lambda I_n -A) をその固有多項式とする。このとき,固有多項式 p_A(\lambda) の変数 \lambda に行列 A を当てはめた p_A(A) について
\large \color{red} p_A(A)=O_n
が成立する。 I_n,O_n は n 次単位行列・零行列ある。
「ケーリー」さんと「ハミルトン」さんの定理です。ケーリー・ハミルトンの定理,ハミルトン・ケーリーの定理ともいいます。
2次のときの例
一般の場合の証明をする前に,2次のときの例を確認しましょう。
2次のときの例
A=\begin{pmatrix} a& b\\ c& d\end{pmatrix} の固有多項式は
\begin{aligned}p_A(\lambda)&=\det (\lambda I_2-A)=\begin{vmatrix} \lambda-a & -b \\ -c & \lambda -d \end{vmatrix}\\ &=(\lambda-a)(\lambda-d)-(-b)(-c)\\ &=\lambda^2-(a+d)\lambda +ad-bc \end{aligned}
である。この固有多項式に A を代入すると,
となり,確かにケーリーハミルトンの定理が成立する。
よくある勘違い
実際の証明に入る前に,よくある勘違いについて紹介しておきましょう。
間違った証明
p_A(\lambda)=\det (\lambda I_n-A) より,
p_A(A)= \det (AI_n -A) = \det O_n = 0.これは「\lambda に A を代入する」の意味を勘違いしています。そもそも示すべきは p_A(A)=O_n であって p_A(A)=0 ではありません。
p_A(\lambda)= \begin{vmatrix} \lambda-a_{11} & -a_{12} &\dots & -a_{1n} \\ -a_{21} & \lambda -a_{22}& \dots& -a_{2n} \\ \vdots & \vdots & \cdots & \vdots \\ -a_{n1} & -a_{n2} & \dots & \lambda - a_{nn}\end{vmatrix}
であり,右辺に \lambda = A を代入するというのは意味の分からない話ですね。このように,どの段階で \lambda =A を代入するかで解釈が変わります。今回は, p_A(\lambda) を多項式と見た後に行列を代入すると言っているわけですね。注意しましょう。
ケーリーハミルトンの定理の厳密な証明
さて,ケーリーハミルトンの定理を厳密に証明していきましょう。任意の正方行列は,上三角行列と相似であることを用います。
証明
正方行列 A に対し,正則行列(可逆行列) P が存在して, T=P^{-1}AP が上三角行列としてよい。このとき,A と T の固有値は同じであり,T の対角成分に固有値が並ぶ(→行列の相似とは~定義と性質6つの証明~・上三角行列・下三角行列の定義と性質6つ)。そこで,
\begin{aligned}p_A(\lambda)&=p_T(\lambda)=(\lambda-\lambda_1)\dots (\lambda-\lambda_n),\\ T&= \begin{pmatrix} \lambda_{1}& * & \dots & * \\ & \lambda_{2} &\dots & * \\ &&\ddots & \vdots \\ \huge{0}&&&\lambda_{n} \end{pmatrix} \end{aligned}
とかくことにする。 \boldsymbol{x}=\begin{pmatrix} x_1 \\ x_2 \\ \vdots \\ x_{n-1}\\x_n \end{pmatrix} \in\mathbb{C}^n とすると,
であるから, p_T(T)=O_n である。ここで
であるから,p_A(A)=O_n である。
証明終
三角行列という扱いやすい行列にしてから考えてあげることで,きれいに証明できましたね。