内積空間におけるベッセルの不等式 (Bessel’s inequality) は, \sum_{n=1}^\infty |\langle x, e_n\rangle |^2\le \| x\| という不等式のことです。それぞれの意味をきちんと説明し,さらにベッセルの不等式を証明しましょう。
ベッセルの不等式とその詳しい証明
以下で, \{ e_n\} が正規直交系 (orthonormal system) であるとは, \langle e_n,e_m\rangle = \begin{cases} 1 & n=m, \\ 0 & n\ne m \end{cases} すなわち,互いに直交する大きさ 1 のベクトルの集まりということです(→正規直交系・正規直交基底)。
定理1(ベッセルの不等式; Bessel’s inequality)
X を内積空間, \{e_n\}_{n=1}^\infty\subset X を正規直交系とする。このとき,任意の x\in X に対して,
\color{red} \Large \sum_{n=1}^\infty |\langle x, e_n\rangle |^2\le \| x\|
が成り立つ。
なお,本定理は \sum_{n=1}^m |\langle x, e_n\rangle |^2\le \| x\| のように左辺が有限和であっても全く同様に成立します。
証明を添付しておきましょう。内積が扱えれば,多くの知識なしで証明可能です。
証明
任意の整数 m\ge 1 に対して,
\begin{aligned}0&\le \Bigl\| x-\sum_{n=1}^m \langle x, x_n\rangle e_n \Bigr\|^2 \\ & =\|x\|^2-\Bigl\langle x,\sum_{n=1}^m \langle x, e_n\rangle e_n\Bigr\rangle \\ & \quad -\Bigl\langle \sum_{n=1}^m \langle x, e_n\rangle e_n, x\Bigr\rangle+\Bigl\|\sum_{n=1}^m \langle x, e_n\rangle e_n \Bigr\| ^2\end{aligned}
である。ここで,
なので,結局,最初の式は
となる。したがって, \sum_{n=1}^m |\langle x,e_n\rangle|^2\le \|x\|^2 であり,m\to\infty とすることで, \sum_{n=1}^\infty |\langle x,e_n\rangle|^2\le \|x\|^2 である。
証明終
発展~パーセバルの等式~
完備な内積空間であるヒルベルト空間においては,もう一段「強い」定理が成立します。以下で, \{ e_n\} が正規直交基底 (orthonormal basis) であるとは, \{e_n\} が正規直交系かつ \overline{\operatorname{Span} \{e_n\}} が空間全体となることを言います(→正規直交系・正規直交基底)。
定理2(パーセバルの等式; Parseval’s equality)
H をヒルベルト空間, \{e_n\}_{n=1}^\infty\subset H を正規直交基底とする。このとき,任意の x\in H に対して,
\color{red} \Large \sum_{n=1}^\infty |\langle x, e_n\rangle |^2= \| x\|
が成り立つ。
これは,三平方の定理(ピタゴラスの定理)の無限次元バージョンということができます。
この定理の証明は,ヒルベルト空間における正射影の話が必要であり,難易度が少々上がります。証明は以下で行っています。
ただ,この定理と正射影の話を既知とすると,ヒルベルト空間におけるベッセルの不等式はパーセバルの等式の劣化版ともいえる公式です。実際,正規直交系 \{e_n\} のなす閉部分空間 を L=\overline{\operatorname{Span}\{e_n\}} とし, x\in H の L への正射影を x_L とかくとすると,
\begin{equation}\|x_L\|\le \|x\| \end{equation}
ですが,パーセバルの等式より, \|x_L\| = \sum_{n=1}^\infty |\langle x, e_n\rangle |^2 なので,結局ベッセルの不等式
が証明できたことになります。結局,ベッセルの不等式は,単に正射影したベクトルのノルムの方が,元のノルムより小さいよ( (1) 式で解釈)と言っているに過ぎません。
ただし,パーセバルの等式の証明には,ベッセルの不等式が必要ですから,「ベッセルの不等式が要らない定理だ」というわけではありません。