正方行列における,逆行列の定義と,その計算方法2通りを,手順を追って解説します。
逆行列の定義
定義(逆行列)
A を正方行列とし, I を同じ大きさの単位行列とする。このとき,
\color{red} AA^{-1} = A^{-1} A = I
が成り立つような正方行列 \color{red} A^{-1} が存在するとき,これを A の逆行列 (inverse of the matrix) という。
行列の積における「逆元」といえるので,逆行列という名前がついているんですね。
注意ですが, A を正方行列としたとき,必ず逆行列があるとは限りません。たとえば,零行列 O には逆行列が存在しません。逆行列が存在するような正方行列のことを,正則行列 (invertible matrix) といいます。
それじゃあ「どのような行列が正則になるか」ということを疑問に思ったかもしれません。これについては,また別の機会に解説したいと思います。
一つだけ,例を紹介します。
2次正方行列の逆行列
2 次の正方行列 A= \begin{pmatrix} a& b \\ c& d \end{pmatrix} は ad-bc\ne 0 のとき,逆行列が存在し,
\color{red}A^{-1} = \frac{1}{ad-bc}\begin{pmatrix} d & -b \\ -c & a \end{pmatrix}
となる。
2次正方行列の逆行列は覚えるのみです。丸暗記してしまうのが速いと思います。実際にそうなるかは,計算で確認してみましょう。
逆行列の2通りの求め方~計算の手順~
逆行列の具体的な計算の手順について,余因子行列を用いた計算
- 掃き出し法による計算
- 余因子行列を用いた計算
の2つを確認していきましょう。
1. 掃き出し法による計算
まずは,大変有用な「掃き出し法による計算」を確認しましょう。
定理(掃き出し法)
A を逆行列が存在する n 次行列(正則行列)とし,I を n 次単位行列とする。
このとき,この2つを並べてできた n\times 2n 行列 \color{red} (A, I ) を,行に関する基本変形のみを用いて \color{red} (I, A^{-1}) の形にする。
このときの A^{-1} は A の逆行列である。
行に関する基本変形とは,以下の3つの操作のことです。
行に関する基本変形とは,基本行列を左からかけることに相当しますから,左からかけた基本行列の積が,結局 A^{-1} になるため,これが成立します。
さて,これを踏まえて,次の例題を解いてみましょう。
例題1
A=\begin{pmatrix}1&0&2 \\-1& 2 & 2 \\ 1 & 2 & 0\end{pmatrix} の逆行列を,掃き出し法を用いて計算せよ。
横長の行列 \begin{pmatrix} 1&0&2 & 1 & 0 & 0 \\-1& 2 & 2 & 0 & 1 & 0 \\ 1 & 2 & 0 & 0 & 0 & 1 \end{pmatrix} を考えて,その左側 \begin{pmatrix}1&0&2 \\-1& 2 & 2 \\ 1 & 2 & 0\end{pmatrix} が I になるように,行に関する基本変形を行えばよいのですね。
計算例を挙げると,以下のようになります。もちろん,これ以外の計算でも構いません。左側の対角成分(ナナメ)が 1 に,それ以外が 0 になるように変形します。
よって,求める逆行列は
\begin{pmatrix}1/3&-1/3&1/3\\-1/6&1/6&1/3\\1/3&1/6&-1/6 \end{pmatrix}
になります。
2. 余因子行列を用いた計算
こちらは,1の「掃き出し法による計算」よりも計算が煩雑になりがちなので,おまけ的なポジションです。掃き出し法を理解していれば,こちらはマスターしなくても構いません。
まずは余因子行列が何か,確認しましょう。
定義(余因子行列)
n 次正方行列
\scriptsize\begin{pmatrix} a_{11} & \dots & a_{1\,j-1} & a_{1j} & a_{1\,j+1} &\dots & a_{1n} \\ \vdots & \cdots & \vdots & \vdots & \vdots & \dots & \vdots \\ a_{i-1\,1} & \dots & a_{i-1\,j-1} & a_{i-1\,j} & a_{i-1\,j+1} &\dots & a_{i-1\,n}\\ a_{i1} & \dots & a_{i\,j-1} & a_{ij} & a_{i\,j+1} &\dots & a_{in} \\ a_{i+1\,1} & \dots & a_{i+1\,j-1} & a_{i+1\,j} & a_{i+1\,j+1} &\dots & a_{i+1\,n}\\ \vdots & \cdots & \vdots & \vdots & \vdots & \dots & \vdots \\ a_{n1} & \dots & a_{n\,j-1} & a_{nj} & a_{n\,j+1} &\dots & a_{nn} \end{pmatrix}
に対し,その i 行と j 列を除いた n-1 次正方行列の行列式の (-1)^{i+j} 倍
を (i,j) 余因子 (cofactor) という。
A を n 次正方行列とし, \tilde{a}_{ij} をその (i,j) 余因子とする。このとき,\color{red} \tilde{A} = (\tilde{a}_{ij})^\top = (\tilde{a}_{ji}) を余因子行列 (adjugate matrix) という。
このとき,以下の定理が成立します。
定理(余因子行列と逆行列)
A を正則行列とする。このとき,
\color{red} A^{-1} = \frac{1}{\det A} \tilde{A}
である。(ただし, \det A とは A の行列式である)
余因子行列を用いれば,逆行列が計算できるということですね。詳しくは,以下で解説しています。
具体例を通して計算してみましょう。
例題2
A=\begin{pmatrix}1&0&2 \\-1& 2 & 2 \\ 1 & 2 & 0\end{pmatrix} の逆行列を,余因子行列を用いて計算せよ。
行列自体は先ほどと同じです。これを,余因子行列を用いて計算してみましょう。
まず \det A を考える。これは,行列式(det)の定義と現実的な求め方~計算の手順~にのっとって計算すると,
\begin{aligned}\det A &= \begin{vmatrix} 2 & 2\\ 2 &0 \end{vmatrix} + 2 \begin{vmatrix} -1&2\\1&2 \end{vmatrix} \\ &= -4+2\cdot(-4) = -12. \end{aligned}各余因子について,
\begin{aligned}\tilde{a}_{11}&=\begin{vmatrix} 2 & 2\\ 2 &0 \end{vmatrix} = -4 \\ \tilde{a}_{12} &= -\begin{vmatrix} -1 & 2\\ 1 &0 \end{vmatrix} =2 \\ \tilde{a}_{13} &= \begin{vmatrix} -1 & 2\\ 1 &2 \end{vmatrix} =-4 \\ \tilde{a}_{21} &= -\begin{vmatrix} 0 & 2\\ 2 &0 \end{vmatrix} =4 \\ \tilde{a}_{22} &= \begin{vmatrix} 1 & 2\\ 1 &0 \end{vmatrix} = -2 \\ \tilde{a}_{23} &= -\begin{vmatrix} 1 & 0\\ 1 &2\end{vmatrix}=-2 \\ \tilde{a}_{31} &= \begin{vmatrix} 0 & 2\\ 2 &2 \end{vmatrix} = -4 \\ \tilde{a}_{32} &= -\begin{vmatrix} 1 & 2\\ -1 &2 \end{vmatrix} = -4 \\ \tilde{a}_{33} &= \begin{vmatrix} 1 & 0\\ -1 &2 \end{vmatrix} = 2 \end{aligned}
であるから,求める逆行列は,
何とか計算できましたね。実際のところは, 4 次以上の行列になると,途端に余因子を求める難易度が上がるため,汎用性は掃き出し法に比べて少ないでしょう。
計算機を使って計算するのもアリ
テストでない限り,計算機を使って計算するのは十分にアリです。WolframAlphaを用いれば,インターネット上で手軽に逆行列を計算することもできます。必要に応じて活用するとよいでしょう。