本記事では,位相空間論や集合の濃度を学習するにあたっての代表的な書籍の一つである,松坂和夫「集合・位相入門」をレビューします。
まず結論から
結論から述べると,位相空間論を本格的に学ぶのであれば,本書か,または内田伏一「集合と位相」のいずれかを持っていれば間違いないです。内田伏一「集合と位相」は,本書と並ぶ位相空間論の代表的な書籍で,どちらも古くから愛されているロングセラー書籍です。
本書は内田伏一「集合と位相」より行間が少なく,より日本語の説明が丁寧に,かつより多くの概念を説明しています。本腰を入れて位相空間論を学ぶのにオススメの書籍です。なお,本書は340ページ,内田伏一「集合と位相」は256ページです。個人的には,コンパクトで要点を簡潔に突いている内田伏一「集合と位相」が好きですが,丁寧さとコンパクトさは表裏一体なので好みの問題でしょう。
位相空間論は,数学科にとって初めての抽象的な数学であることも多いです。本書は丁寧ですが十分難しく,本格的な書籍なので,初学者にとって簡単に読めるものではないでしょう。それでも,十分な気合いと時間さえあれば,独学も不可能ではないです。
松坂和夫「集合・位相入門」の概要
松坂和夫「集合・位相入門」の基本情報を紹介します。
松坂和夫先生の「数学入門シリーズ」という書籍の一つです。これは,次の6つのシリーズからなります。
「集合・位相入門」は,他のシリーズと内容が続いているわけではありませんので,他のシリーズを持っている必要はありません。
目次を確認してみましょう。
まず,集合の濃度や選択公理の話をします。そこから, \R^n における開集合・閉集合の話を15ページほどして,その上で一般の位相空間の話を始めます。一般の位相空間の話を一通り終えた後に,初めて距離空間について掘り下げます。
よく比較される内田伏一「集合と位相」は, R^n における開集合・閉集合の話の直後に距離空間における開集合・閉集合の話を簡単にしてから,一般の位相空間の話をしています。「徐々に抽象的になってくる」という面では,距離空間の話が挟まる内田伏一「集合と位相」の方がとっつきやすいかもしれません。ただ,導入として割かれているページ数は本書とそんなに変わりません。
松坂和夫「集合・位相入門」の書評・レビュー
本書を具体的にレビューしていきましょう。
良いところ
- 数学専攻にとって位相空間論の必要十分な知識がしっかりと,丁寧にまとまっている
- 何度も改訂されているため,誤植が全くと言っていいほどない
- 前提知識はほぼ不要
- 現代調に新装されているため,ある程度読みやすい
一番良いところは,昔からある有名な書籍なのに,全然古びれることなく現代でも通用する書籍であることです。現在でも多くの大学で,位相空間論の参考書として筆頭に挙げられる書籍の一つです。
また,数学をガチで専攻する人にとって程よい難易度で,独学にも適しているでしょう。
良くないところ
- 詳しいが故に,位相空間の核心に入る前に挫折してしまう恐れがある
- 節末の問題の解答は必ずしも後ろに載っていない
- 言葉が少しマイナーなことがある
- ネット(有向点族)やフィルターに関する話は節末の問題で軽く紹介されているだけである
- 各位相空間の具体例が少ない
全340ページある中で,位相空間論に入るのはp.152です。それまでに挫折しないよう,本サイトも活用しながら読み進めていくとよいでしょう。順序数の話などは飛ばしてもかまいません。
また,言葉が少しマイナーなことがあるのは注意が必要です。例えば,選択公理は本書では「選出公理」と呼んでいますし, 開基・準開基は「基底・準基底」と呼んでいます。初版が1968年なので,古いのもあるでしょう。
ネット(有向点族)やフィルターに関する話は,知っておくと便利ですが,すぐ困ることは別にないので,無くて大丈夫です。このことと,具体例が少ないことは,内田伏一「集合と位相」と同じです。
この本がおすすめなのはこんな人
- 位相空間論を本格的に勉強したい数学科の学生
- 証明も含めて,位相空間論を辞書代わりに使いたい人
本書は,位相空間論の代表的な書籍です。位相空間を勉強したい人全員にオススメできます。ただし,本格的な本であることに間違いはないので,軽く勉強したい数学科以外の学生が使う本ではないでしょう。
松坂和夫「集合・位相入門」の勉強法
有名な本なので,具体的な勉強法を2パターン紹介しましょう。
大前提として,数学における「位相空間論」は基本的な道具であり,それ自体を研究するということはまずないです。位相空間論は抽象数学の入り口ですが,はまりすぎて入り口でたむろしないように注意してください。
勉強法1. 時間があればじっくり読もう
数学科に入った学生にとって,「集合と位相」は初めての抽象的な数学であることが多いと思います。今までは数字を扱っていたのに,全然数字が出てこない。もしそのような抽象的な議論が初めてであり,時間があるならば,ゆっくり読破することを目指してみましょう。
本書は本格的な書籍なので,挫折しそうになることもあると思います。それでも本書は本格的な書籍の中では丁寧に書いてある方ですから,根気強く頑張ってもらいたいです。根気強く頑張れば,独学でもある程度の理解は可能だと考えます。友達とゼミをしながら読み進めてもよいでしょう。
ただ,もし挫折しそうなら,もう少し簡単な本を読んでからでもよいでしょう。志賀浩二「位相への30講」はオススメです(ただし,この本は位相空間までちょっと遠いです)。
勉強法2. 時間がなければor挫折しそうなら割り切って位相の核心のみ抑えよう
時間がない,あるいは挫折しそうであれば,位相空間論の核心のみ抑えて,先に進むとよいでしょう。位相空間論はあくまで「道具」です。証明を全部理解しなくて,ある程度位相的な議論ができれば大丈夫です。
たとえば,最初のベルンシュタインの定理(本書2章定理2)の証明とか,選択公理とツォルンの補題の同値性(本書3章定理5)とか,選択公理と整列可能性の同値性の証明(本書3章定理7)とか,順序数の話(本書3章4節)とかは正直どうでもよいです。本サイトでも解説しているので,それを読んで進むのでも良いでしょう。
その辺が分からなくても,取り敢えず読み飛ばして,4章「位相空間」に入りましょう。全射・単射・全単射と,像・逆像と,可算集合・非可算集合が分かっていたら,取り敢えず4章に入れると思います。最初の議論に苦戦して,4章より前で挫折してしまうのは非常にもったいないです。
まとめ
位相空間論を本格的に学ぶのであれば,松坂和夫「集合・位相入門」か,または内田伏一「集合と位相」のいずれかを持っていれば間違いないです。どちらも歴史のある書籍ですが,現代でも通用する書籍です。松坂和夫「集合・位相入門」は,日本語の説明が丁寧に書かれており,一人でも根気強く頑張れば読破できるでしょう。
ただし,少しだけ言葉遣いがマイナーであったり,節末の問題の解答は必ずしも後ろに載っていないです。
それでも,数学科の学生全員におすすめできる書籍の一つです。