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べき零行列の定義・例・性質7つとその証明

線形代数学
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べき零行列とは,行列のべき乗について,A^k=O (右辺は零行列)となるような行列のことです。

べき零行列の定義と例,そして性質について,順番に解説しましょう。

べき零行列の定義

定義(べき零行列)

An正方行列とする。ある正の整数 k が存在して,

\color{red} \large A^k=O


とできるとき, Aべき零行列(冪零行列; nilpotent matrix)という。

同じ行列のべき乗が,いずれ零行列になるものを,べき零行列というんですね。

行列の積の計算について忘れた場合は,行列の演算(和・定数倍・積)の定義と性質をわかりやすく丁寧にを参照してください。

べき零行列の具体例

べき零行列の具体例をチェックしていきましょう。

べき零行列の例1.

  1. A=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix} とすると,A^2=O.
  2. B = \begin{pmatrix} 3 & -1\\ 9& -3 \end{pmatrix} とすると,B^2=O.
  3. C=\begin{pmatrix}-2&2&2\\ -3&4&5\\2&-2&-2\end{pmatrix} とすると,C^2\ne O, \;C^3=O.

それぞれ具体的に確認してみてください。さらに,以下のような例も挙げましょう。

べき零行列の例2.

n 次正方行列 A

A=\begin{pmatrix}0&1 &&&&&\huge{0} \\ & 0 & 1 \\ & & 0 & 1 \\ &&&\ddots & \ddots \\ &&&&\ddots & \ddots \\ &&&&&0 & 1 \\ \huge{0}&&&&&&0\end{pmatrix}


のとき, 1\le k\le n-1 に対して,

第(1,k+1)成分から第(n-k,n)成分にかけてのみが1である行列

であり,A^n=O である。

これも,具体的に計算してみるのが良いでしょう。

より一般に,以下のような行列はべき零です。

べき零行列の例3.

対角成分がすべて 0 である三角行列はべき零である。

これについては,三角行列の固有値は対角成分そのものであることと,下の性質2.から従います。また逆に,三角行列がべき零であれば,対角成分は全て 0 でなければなりません。

べき零行列の性質7つとその証明

ここからは,べき零行列の重要な性質7つを紹介しましょう。

定理(べき零行列の性質)

A n 次べき零行列とし, kA^{k-1}\ne O, \; A^k=O (零行列)をみたす整数とする。このとき,

  1. A正則行列(可逆行列)でない。
  2. A固有値 0 のみである。逆に,固有値が 0 のみである行列は全てべき零行列である。
  3. k\le n をみたす。
  4. \operatorname{tr}A=0. (トレース(対角和))
  5. A が対角化可能であれば, A=O (零行列)である。
  6. \lambda \ne 0 とすると, \lambda I_n + A正則行列(可逆行列)である。ただし, I_nn単位行列を表す。
  7. B もべき零行列とし,AB=BA であるとき, A+B, AB もべき零行列である。

それぞれ証明していきましょう。

1. べき零行列が正則でないこと

1.の証明

一般の行列 U,V について, \det (UV)=\det U \det V が成立する(→行列式の性質6つの証明(列,行の線形性,置換,積,転置など))。

これより,

0 = \det O = \det (A^k) = (\det A)^k


であるから, \det A=0. ゆえに A は正則(可逆)でない。

証明終

2. べき零行列⇔固有値が0のみ

2.の証明

べき零行列 \implies 固有値が 0 のみについて

\lambda \in\mathbb{C} A固有値 \boldsymbol{x}\in \mathbb{C}^n \setminus\{\boldsymbol{0}\} をその固有ベクトルとする。このとき, A\boldsymbol{x}=\lambda \boldsymbol{x} であるから,

A^k \boldsymbol{x}= \lambda A^{k-1}\boldsymbol{x}=\dots = \lambda^k \boldsymbol{x}.


一方で, A^k=O であるから, \lambda^k=0. よって \lambda =0 であり,固有値は 0 のみである。

固有値が 0 のみ \implies べき零行列について

固有値が 0 のみと仮定すると,固有多項式 \lambda^n になる。よって,ケーリーハミルトンの定理より, A^n =O. したがって, A はべき零行列である。

証明終

3. べき零行列はk<=n乗で0になること

3.の証明

2.の証明の後半より, A^n =O. よって, A^{k-1}\ne O,\; A^k=O となる k k\le n である。

証明終

4. べき零行列のトレースは0であること

4.の証明

行列のトレースは固有値の和である(→行列のトレース(tr)とは~定義と性質とその証明~)。性質2.より,べき零行列の固有値は全て 0 であるから,その和は 0 である。

証明終

5. べき零行列が対角化可能なら零行列であること

5.の証明

べき零行列 A が対角化可能であると仮定する。このとき,ある正則行列(可逆行列) P が存在して, D=P^{-1}AP とできる。ただし,D対角行列である。

D の対角成分は固有値であり, D の固有値は A の固有値と一致しているから(→行列の相似とは~定義と性質6つの証明~),D=O である。よって,

A=PDP^{-1}=POP^{-1}=O.

証明終

任意の正方行列は三角化可能ですが,三角行列においても,対角成分は固有値になるため,べき零行列を三角化すれば,その対角成分は 0 になります。

6. λI+A(λ≠0)が正則であること

6.の証明

性質2.より,固有多項式 \det(\lambda I_n -A) =\lambda^n である。よって, \lambda \ne 0 とすると, \det (\lambda I_n-A) \ne 0 である。

したがって, \lambda I_n -A正則(可逆)であり, \lambda-\lambda に置き換えることで \lambda I_n +A も正則(可逆)である。

証明終

7. AB=BAならA+B,ABもべき零行列であること

7.の証明

A,B を共にべき零行列とすると,性質3.より, A^n=B^n=O である。AB=BA とすると,

\begin{aligned}(AB)^n &= A^nB^n=O, \\ (A+B)^{2n} &=\sum_{k=0}^{2n} {}_{2n}\mathrm{C}_k\, A^{2n-k}B^k = O. \end{aligned}


よって, AB,A+B はべき零行列である。

証明終

注意ですが,AB\ne BA のとき,一般に A+B,AB はべき零行列になりません。たとえば,具体例1で紹介した2つの行列 A=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix},\; B = \begin{pmatrix} 3 & -1\\ 9& -3 \end{pmatrix} はどちらもべき零ですが,

\begin{aligned}A+B &= \begin{pmatrix} 3&0\\ 9&-3\end{pmatrix},\\ AB&= \begin{pmatrix} 9&-3\\0&0\end{pmatrix} \end{aligned}


はべき零ではありません。

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