測度論・ルベーグ積分論は,収束の議論を扱いやすくするために重要な理論であり,数学科が学ぶ本格的な解析学の入り口になっています。そんな測度論・ルベーグ積分に入門するにあたってのオススメの書籍を紹介しましょう。
数学科の人向けの本格的な教科書
まずは数学科向けのオススメの本をオススメ順に3つ紹介します。
測度論・ルベーグ積分の本は,主に以下の3つのテーマから成ります。
- 実数上のルベーグ測度の構成(カラテオドリ外測度など)
- 一般の測度空間と可測関数の理論,一般の測度空間上の実関数の積分の定義と,収束定理の議論
- ラドンニコディムの定理など,一般の測度の発展的な話題
関数 f\colon \R\to \R のルベーグ積分の定義にあたっては,1.のルベーグ測度の構成が不可欠なのですが,1.の議論は非常に技巧的で難しく,初学者が躓きやすい上にその後の応用性が見えにくい内容と感じます。昔からある正統派の書籍では,1.→2.→3.の順に理論展開をすることが普通です。確かに最初に測度の導入をするタイミングでルベーグ測度の構成までしてしまった方が正しい流れです。一方で,最近出版される本は2.→1.→3.の順に書かれることも多いです。これは,1.がやはり難しく応用性に乏しいため,とりあえず2.を先に導入し,具体例などではいったん1.を認めて議論してしまった方が頭に入りやすく,最初で躓くことがないという考えによるものです。私も2.→1.→3.(あるいは2.→3.→1.)の順に学ぶのが適切と考えていますので,そういう本を優先して紹介しましょう。
3冊紹介する中の,最初の2冊は2.→1.→3.の順に,最後の1冊は1.→2.→3.の順に書かれています。
1. 日野正訓「ルベーグ積分の基礎」共立出版
有名ではないかもしれませんが,今,数学科の学生が初めてルベーグ積分を勉強するのに一番オススメの教科書がこれです。最初の導入で難しいことが書いてあり心折れるかもしれませんが,全て応用例の紹介に過ぎないので,わからないところは飛ばせばOKです。
全体的に程よい難易度であり,簡単すぎる訳でも難しすぎる訳でもなく,数学科なら理解してほしい難易度です。著者は京大の教授で,京大での測度論の講義ノートを肉付けしたものになっています。レベル的に非常に適切です。注釈が異常なまでに多く,また具体例・反例も豊富に提供されています。ややこしい部分は,話の整理がきちんとされている点が良いです。たとえばフビニの定理の際には,全て解説した最後に「フビニの定理の何を確認するのが重要か,特にその中で何が重要か」まで書かれています。また,「なぜその概念を考えるとよいか」みたいな感覚的な話も多く書かれており,測度の完備化の際には,完備化すると何が嬉しいのか,逆に完備化しないほうが嬉しい場面は何かみたいな説明まで溢れています。既に測度論を知っている人が読んでも,学ぶことは多いでしょう。ただし,巻末の問題は略解があるか,答えがないことがあります。ほとんどの本がそうですから諦めましょう。
本の紹介の前に述べた通り,一番難しい(が,そこまで重要ではない,外測度の話などの)ルベーグ測度の構成はいったん後回しにし,まずは一般の測度空間の性質やその上での積分・収束定理について定義・定理・証明をしています。読み進めやすい構成で非常にオススメです。
測度の発展的な話題である,ラドンニコディムの定理・ルベーグ分解・測度の正則性・ルジンの定理・エゴロフの定理などは一通り網羅されています。測度論の応用としての実解析や関数解析の話はありません。それは別の本で勉強すればよいです。
数学科の全ての学生にオススメできる書籍です。測度論は他分野に生かしてなんぼです。この本で一通り学習して,実解析・関数解析・確率論と言った内容にガンガン進んでいきましょう。話はそれますが,表紙のデザインがイマイチですよね。もっと目立つ本にすれば手に取ってもらいやすかったのではと思ってしまいます。
2. 吉田伸生「ルベーグ積分入門 使うための理論と演習」日本評論社
この本は2002年からあるロングセラー本で,2021年に新装版になりました。この本も初学者にかなりオススメです。式変形のイコールの上にどの定理を使ったのかの根拠が書かれており,行間を極力少なくしてくれています。また注釈が多くあったり,初学者が疑問に思いがちな,「なぜ測度の完全加法性は可算和までしか考えないのか」みたいな疑問についても掘り下げてくれたりしています。ただし,本書ならではの独自の記号が少しあり,若干の慣れが必要かもしれません。問の解答は略解ですが,割と丁寧に書かれてある印象です。吉田先生の本の特徴ですが,証明終が\(^□^)/になっているのは面白いです。
本の紹介の前に述べた通り,この本も真上の本と同じく,技巧的で難しいルベーグ測度の構成はいったん後回しにし,まずは一般の測度空間の性質やその上での積分・収束定理について議論をしています。また,著者自身がこの後回しの構成を全面的に支持しており,本書の前書きには「少々乱暴かもしれないが,入門段階においては,ルベーグ積分の構成の細部までは知らなくて良い。まずは限られた時間でルベーグ積分が『使える』ようになる方が重要」という旨の記述をしています。技巧的なルベーグ積分の構成は極力議論の根幹から分離し,さらに飛ばしても良い印が入っており,飛ばしても差し支えない構成になっています。素晴らしいと思います。さらに,議論の根幹から上手く分離したおかげで,ルベーグ積分の構成自体も10ページほどで収まっていて,読むのが苦でない量になっています。一般的な測度の大事な議論とごちゃまぜの本だとこれはあり得ない話なので,素晴らしいです。
測度論の話だけでなく,その応用として L^p 空間の話や,フーリエ級数・フーリエ変換といった実解析の話もあります。測度論は活用してなんぼです。良い本なので,全て読めば良いでしょう。
測度の発展的な話題である,ラドンニコディムの定理やジョルダン分解は後ろの方に載っていますが,エゴロフの定理やルジンの定理は問に追いやられています。まぁ必要になったら調べればよいのでそこまで困ることはないと思います。
改訂も重ねられている本なので,誤植も少ないでしょうし,また筆者のHPで誤植は随時更新されています。多少の実解析まで一貫して学びたい初学者の1冊目としてオススメです。
3. 伊藤清三「ルベーグ積分入門」裳華房
昔からある名著です。新装版になり,現代的で読みやすい組版になりました。ただ,「関数」は「函数」と書かれており,歴史を感じる部分があります。著名なのでオススメに入れましたが,個人的には,現代においてこの本で学ぶ意義は薄いのではないかと考えています。現代では,上2つのように,わかりやすい書籍がたくさん出版されています。
最初の60ページほどで,外測度やカラテオドリ可測など,ルベーグ測度の構成から始まります。ここがまず難しいですね。個人的には,本の紹介の前に述べたとおり,外測度やカラテオドリ可測の話は,あまり応用例がなく,それよりも収束定理を使いこなす方が重要だと考えているので,上2冊のように,ルベーグ測度の構成は後回しにする方が好きです。また単に「可測」という言葉をカラテオドリ可測の意味で使ったり,ボレル可測の意味で使ったりしていて,ややこしいです。
辛口ですが,正直そんなに説明が上手いとも思えません。可測関数の定義も,本サイトのようにまず一般的に述べた方が見通しが良いと思うのですが,分かりにくくなってしまっている気がしてなりません。
ただし,いろいろな例・反例が載っているため,読むと非常に勉強になります。カントール集合やカントール関数にまつわる話,ルベーグ非可測集合の話や,ボレル可測の合成はボレル可測だが,ルベーグ可測の合成はそうではないといった話など,豊富な例はありがたいですね。また,問題の解答は結構詳しいです。
内容は十分網羅されており,ラドンニコディムの定理・ルベーグ分解・ルジンの定理・エゴロフの定理やルベーグスティルチェス積分など,十分です。ディンキン族定理はありません。
後半は L^p 空間などの関数空間とフーリエ級数・フーリエ変換の初歩について解説されており,測度論は応用してなんぼなので良いと思いますが,この本で学ぶ必要はないかなと思います。読むなら「V 函数空間」の手前までで良いでしょう。
読み物としてオススメの本
本格的な勉強としてではなく,息抜きの読み物としてオススメの本を紹介します。
4. 志賀浩二「ルベーグ積分30講」朝倉書店
数学30講シリーズの本の一つです。テーマを30講に分割し,各講ごとにテーマが定められています。息抜きとして,楽しむ読み物としては優秀です。基本的に語り口調で,厳密に定義→定理→証明のスタイルではありません。ただし,あくまで数学の本なので,イプシロンデルタ論法などが分からないと読めたものじゃありません。また,数学30講シリーズはいつも初学者に優しいものが多いですが,今回は話の要旨が掴みづらく,初学者にはちょっと難しいかもしれません。
体系的に整理されているという感じではなく,歴史も踏まえていろいろな概念を紹介しています。まず,ルベーグ外測度やカラテオドリ外測度の話から,ルベーグ測度の構成が始まります。長いです。
現代の整然とした教科書には書いてない概念も多数載っており,証明は省略されているものも多いですが,ジョルダン分解・ラドンニコディムの定理・ヴィタリの被覆定理・シュタインハウスの定理などが載っています。他にも軽くハウスドルフ測度にも触れています。
ただし,ルベーグ積分を体系的に学びたい現代の数学科生にとって,この本を読むのはちょっと遠回りです。他の30講シリーズだと,本格的な本の前に挟むのに有用なシリーズもありますが,今回のルベーグ積分については,知らなくてもよい話題も多く,遠回りに感じます。あくまで読み物です。
その他
他にも,いくつか知っておくとよい本を紹介しておきましょう。
5. 原啓介「測度・確率・ルベーグ積分 応用への最短コース」講談社
数学科のための専門書ではなく,あくまで応用寄りの人が「測度論的確率論」をやるために,測度論から測度論的確率論について解説した本です。数学科のための専門書でないため,多くの証明が端折られています。収束定理の証明もありません。
まぁ,数学科でない人が測度論的確率論をやりたいと思ったら,いちいち測度論に苦戦するのは馬鹿馬鹿しいので,この本でやると良いと思います。数学科以外の人にも,測度論的確率論を身近に感じてもらえるようにしたという点で,この本は素晴らしいと思います。数学科向けの本ではありません。
6. Rudin「Real and Complex Analysis」McGraw-Hill
測度論に特化した本ではなく,実解析・関数解析・複素解析について網羅的に解説した400ページ超の本で,非常に有名な本です。最初の方に測度論・ルベーグ積分に関する解説があり,位相空間とも絡めながらまずは一般の測度についての性質を述べ,一般の測度空間から実数への関数の積分を定義し,抽象論を展開します。ルベーグ測度の構成は,リース・マルコフ・角谷の表現定理を用いています。非常に高級な定理ですが,認めてしまえば比較的簡単な議論でルベーグ測度が構成できます。初学者向けではありませんが,ある程度知ってから読むと面白いかもしれません。
複素解析については複素関数論のオススメの本・参考書10選も参考にしてもらいたいですが,1冊でたくさんの概念を学びたい場合は通読するのもありでしょう。
7. Cohn「Measure Theory」Birkhäuser
ほとんど読んでいないので入れるか迷いましたが,測度論について様々なトピックが載っているイメージで,知っておいて損はないと思います。400ページにわたって,測度論に関係した話題が解説してあり,ポーランド空間(可分完備距離化可能な位相空間)上の測度や,解析集合の可測性の話や,ハール測度についても載っています。
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